青の空 3話「サラバ、兄貴」







「最後にお前の学ラン姿を見れてよかったよ」










そう言って新幹線に乗り込んでいったヒゲを生やした男は
山本英男(やまもと ひでお)、おれの兄だ。








東京に上京し、音楽の道に進むらしい。









「この岩手よりは暖かいと思うけど、風邪ひかないようね。あんたすぐ扁桃腺腫れるんだから」









母がそう言うと、ホームにアナウンスが響き新幹線のドアが閉まる。










手を振る兄貴を写した新幹線の窓はほんの数秒で見えなくなり、










それを見送った母の目には涙が溜まっているように見えた。














「ひでくん、行っちゃったね」






「うん」









「のぶは将来どうするの?」





「え?わかんないよ、おれまだ中1だよ?」





「あんたぐらい大学にいったら?」




「え〜あんまり勉強したくないよ」








「あんたぐらい岩手に残ったら?」





「うん...まぁ、そうだね〜」







母が余りに寂しそうに言うもんだから、ひとまず同意しておいた。













「将来ね〜...」




またその話か、と思いつつ大して深く考えてもいないのに声に出してみる。







「あっもう時間ないよ、このまま車で学校まで送ろうか?」





「いや、みんなと歩いていくからいいよ」



「そう。じゃあ気を付けてね」





そういうと母は車で職場に向かった。




みんなとの集合場所まで送ってもらえばよかったと後悔しつつ
急ぎ足で向かう。












今ごろ兄貴は何を思っているんだろう。






生まれ育ったこの街を出て行くのはどんな気分なんだろう。






おれにもいつかそんな時が訪れるのだろうか。










そんな事を考えながら歩いていると聞き覚えのある甲高い声が耳に入る。




「おい、ノブ!おせーよ!」




「すまんすまん」






「今日のうんこはそんなにデカかったかー!?」




「え、ああ...まぁけっこうデカめだったな...」





「まあいい、早く行くぞ。入学早々怒られるのは勘弁だ」






入学式以来、毎日いつもの5人でわいわい登校している。



毎日の楽しみだが、今日は少しだけ気分が乗らなかった。





「ノブ、どうしたんだよ?切れ痔にでもなったか?」



コージがいつもより元気のないおれに気づき、声をかける。






「さっき兄貴が東京に行ったんだ」




「ああ!ヒデさんか!今日だったのか。何するんだっけ?」




「バンドだって」





「ええ!そうなんだ!何年か前の富高の文化祭のヒデさんのドラムめっちゃかっこよかったもんなー!!」








「あれ、ノブの一番上の兄貴も音楽やってるんじゃなかった?」





「あ、そうそう」






「は?お前そんなに兄ちゃんいたっけ?」




「4人兄弟だよ」



「お前何番目?」





「4番目」






「ヒデさんは何番目?」




「2番目」





「ややこしいな」




「ややこしいか?」






「あ〜じゃあお前、それでお兄ちゃん行っちゃったから悲しんでるのか。」





「いや、そんなんじゃないよ」






「ばかやろう!まだおれがいるだろう?」



コージが力強く肩におれの手を置く。







「失ったものばかり数えるな!今お前にあるものはなんじゃ!」









「...な、仲間がいるよ!!」







結局はいつも通り、仲間達と楽しく歩いていた。













「お前ら...!!よく聞け...チャイムがなるまであと...2分だ...」





ヤマトが腕に付けている時計を見てから言い放った。





「!!」








全員、校門まで全力疾走する。




「通りで周りに人いないなーと思ったんだよ!」




「くそ!無理だ!間に合わない!」




「諦めるな!まだいける!」



キーンコーンカーンコーン






チャイムが鳴る。




「くそ!まだだ!先生が来ていなければまだ希望はある!」




「よっしゃいくぞ!」




校舎に入った。




坂の下から全力疾走を続けている。

体力が限界に近い。







「もうダメかもしれん...」




「おい!ノブ!諦めたらそこで試合終了で...」




「!」






コージが名台詞を言い終わる前に










おれたちの前に立ちはだかる一人の中年女性。






学年主任のやす子先生だ。






おれたちの間では鬼のやす子と呼ばれている。





おれたちは死を覚悟した。





「お前ら!何やってんだ!!5人もそろって遅刻か!」






「す...すいません」


「どうか...命だけは...!」






「ふざけるな!!!」









「いいか、時間を守れないって事はな、相手に....(以下省略)」






あ、これは長くなるやつだ.....





5人は心の中で思う。










朝のホームルームが終わって生徒達が廊下に出てくる。






女子達のひそひそ声が聞こえてくる。




ザワがニヤニヤしながら通り過ぎる。






やす子様のありがた〜いお説教は
一時間目が始まるギリギリまで続いていく。












........














お兄ちゃん、そっちはどうですか?ぼくは元気でやっています。







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