深夜に鳴り響く電話の音。
こんな時間になんだろう。
胸騒ぎがして母、山本篤美(やまもとあつみ)は電話に出る。
「はい、もしもし山本です」
「世田谷警察署の加藤といいます。山本幸弘さんのご自宅でお間違いないでしょうか?」
「はい、幸弘の母ですけど何かあったんですか...?」
「ええ、それが二輪車運転中にトラックと接触してしまいまして、現在病院に搬送中です。意識ははっきりしていないようでして...」
頭が真っ白になった。
そんな、幸弘が...
「今から搬送先の病院の住所を言います。東京都世田谷区...」
震える手を押さえつけてメモをとる。
最悪に事態が頭をよぎる。
「病院のほうから連絡がいくと思います。病院の電話番号は...」
一通りの報告を受けて受話器を置く。
時刻は深夜2時。
新聞配達中の父、山本義則(やまもとよしのり)にすぐ電話をかける。
「お父さん、幸弘が...」
「なんだって...?」
いつも通り目を覚まし、台所にいくと母の姿が無い。
「あれ、お母さん今日早番だっけ?」
「ノブヒロ、お母さんは東京に行ったよ」
新聞を読みながら低い声で父が言う。
「え?なんで急に」
「幸弘がバイクで交通事故に遭ったそうだ」
「え..?」
「でも心配しなくていい。ついさっき意識を取り戻したみたいだ。右脚は骨折してるけど、命に別状は無いらしい」
「なんだ。良かった...」
ホッと胸を撫で下ろした。
「トラックの居眠り運転だって。運が悪ければ死んでいてもおかしくなかったらしい」
「そうなんだ...」
幸弘とはおれが8歳の時にはもう東京に上京していた
うちの兄弟の長男、山本幸弘(やまもとゆきひろ)だ。
先日上京した次男の英男と一緒で東京で音楽をやっている。
「お母さんは2、3日あっちにいるってさ」
「そっか。じゃあこの家のほうが心配だね」
普段まったく家事をしない父に嫌味を含んで言ったが鼻で笑うだけだった。
「今日も部活あるのか?」
「うん」
「いつもみたいに遅くなるのか?」
「まあ、そうだね」
「じゃあ、行ってきます」
「ノブヒロ」
「ん?なに?」
「車には気をつけろよ」
「うん、わかってるよ」
普段あまり会話を交わさない父だが今日は口数が多かった。
兄の事故に動揺していたんだろうか。
そりゃそうか。
学校に向かって歩く。
大きいトラックがすぐ横を通り過ぎる。
「運が悪ければ死んでもおかしくなかったらしい」
さっきの父の言葉が頭に浮かぶ。
遠い遠い、自分とは全く関係ない物だと思い込んでいた「死」というものが
実はすぐそばに潜んでいる。
それを少しだけわかった気がした。
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