「いらっしゃいませー」
就職先が見つかるまでの間だけという事で、学生時代からお世話になっていた店長に無理を言って働かせてもらっているが、それからもう1年と半年が経とうとしていた。
「伸之、お前いつになったら就職するんだよ〜」
店長にいつも口癖のように言われている。
「ちゃんと働いてくれてるから、あたし達は助かってはいるんだけどね。でもそろそろ自分の人生の事しっかり考えたら?」
おちゃらけた店長の一方、しっかり者の奥さんはそう言う。
二人の運営しているこのコンビニは都心の機械的なチェーンのコンビニとは対照的で、とても人情に溢れていて、地域の寄り合い所にもなっている。
二人と話し込む常連客も少なく無い。
労働環境に全く不満も無いし、居心地が良い。
そのせいか先の事を考えるのが億劫になってしまう。
ここで働く前は、兄の影響でバンドを組み音楽活動をしていた。
若さを武器にがむしゃらに活動していたが、様々な事情でメンバーが一人、また一人と脱退し、人生初めての挫折を経験をする。
その後も諦めたくなくて何年か一人で活動していたが
メンバーも集まらず、途中で兄や他の売れているアーティストのような才能はおれには無いと感じてしまい、音楽を諦める事にした。
きっぱりと諦めたつもり。でも次の目標に向かって精一杯頑張ろう!なんて全く思えないのが本音だ。
今は居心地の良いこの店で考えたくないものから逃げて、日々をなんとなく楽しく過ごしているだけ。
おれの事を思ってこの先どうするの?と言ってくれるのはわかってはいても、ちゃんと聞こうとはしなかった。
「そんな事より店長、いつまでおれの名札に初心者マークついてるんですか?もう1年以上働いてるんですけど」
「あ〜あとで直してやるよ」
「そう言っていっつも直してくれないんだから」
「直すって〜そのうち。はい、これ表に出しといて」
「へ〜い」
重たい荷物を外に運び出しているときにうっかり倒してばらまいてしまう。
「あ〜もう。だるいなー...」
そう思いながら拾い集めていると、急に見慣れない車が止まり、見慣れた人たちが乗っているのが見える。
3人の兄が揃っていた。
「揃いも揃ってどうしたの?」
「兄弟でバンドやるぞ」
「え?」
「はい、お前は4番」
「ごめん、おれはいいや。音楽はもう諦めたから」
「そうか...。昔おれたちが練習してた場所に少しの間いるから、気が変わったら来いよ」
そう言い残して兄達は走り去っていった。
そのあとはいろいろ考えこんでしまって仕事にならなかった。
おれは...どうしたらいいんだ。
その光景を一部始終見ていた店長は近づいてきて言った。
「全部聞いてたぞ。お前やりたいんだろ?まだ諦めきれてないんだろ?なにびびってんだよ」
「店長、でも...」
「行ってこい!」
気づいたらおれは走り出していた。
「やっぱりダメかもな。3人でやってもしょうがないし、この話は無かった事に...」
「いや、あいつは来るよ。絶対に」
弱音を漏らした英樹の言葉に被せるように幸城は言う。
「だからどっから出てくるんだよその自信は...」
「ほら来た」
「え?」
「ハァ...ハァ...やっぱおれ...」
「早く乗れよ」
「よし出発だ!」
番号のついたTシャツを着た4人を乗せて
車は走り出した。
「サトウマンションの皆さん、準備はよろしいですか?」
「オッケーです!」
「それでは本番、よろしくお願いします!」
登場のBGMが会場に流れる。
「よし、いこう」
白いジャケットを羽織った4人の兄弟は
歓声が鳴り響くステージへと登っていった。
ー完ー
※この物語はRUNAWAY BOYのMVの世界観を元にしたフィクションです。
ー完ー
※この物語はRUNAWAY BOYのMVの世界観を元にしたフィクションです。
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